次に、当社が成長戦略の軸としている3層ポートフォリオ経営の考え方をあらためて申しあげるとともに、取り組みの背景についてご説明いたします。当社は電子部品を中心に扱う会社ですが、事業によって仕事に対するアプローチや必要なスキルは異なります。
1980年代、当社はコンポーネント部品の軽薄短小化によって、カラーテレビやトランジスタラジオの小型化へ貢献し、我々が1層目(コンポーネント)と呼ぶ標準品型ビジネスを育ててきました。1990年代になると、携帯電話の登場によりお客様の要求が各社各様になったことで、お客様ごとに技術面のすり合わせを行い、新製品を開発するという2層目(デバイス・モジュール)の用途特化型ビジネスが定着してきました。そして、2020年代には5Gが導入され、スマートフォンでの利用に加え、医療ネットワークや工場設備の予防保全、車の自律走行などへの活用が見込まれています。このような将来に向けたエレクトロニクス領域の拡大の中で、ムラタが今後も存在感を発揮し続けるためには、従来のハードウェアの提供だけでなく、ソフトウェアも組み合わせたソリューションとして価値提供をする必要が出てくる、すなわち部品の定義が変化していくと考え、これを3層目のビジネスと位置付けています。
これら3層ポートフォリオは、技術や販売面において互いに影響し合いながら事業拡大を図るもので、密接に関係しています。お客様の求める価値が変化する中で各層のシナジーを生み出し、ムラタのさらなる成長を目指していきます。各層における取り組みは、次のとおりです。
1層目の「コンデンサ」と「インダクタ・EMIフィルタ」は、当社の基盤事業です。将来の技術トレンドは明白であり、スマートフォンなどの民生市場向けは軽薄短小の追求、モビリティ向けは高電圧高温環境下にも耐え得る高品質・高信頼品が求められます。中長期の市場成長率は年率10% 程度と考えていますので、需要の成長に応じた生産能力の増強が必要です。当社の積層セラミックコンデンサの年間生産量は1兆個以上であり、その能力増強には大きな人的リソースと設備投資が必要になります。今後部品需要が大きく伸びる局面で急激な能力付けを行うことは難しいため、中長期的な目線に立った能力増強を進めています。これらの技術力・供給力の強化に向けた取り組みを加速するため、当社の垂直統合型の一貫生産体制を推進していくとともに、事業効率の向上を図ることで、業界のリーディングカンパニーという位置付けを確実なものにしていきます。
2層目は、各アプリケーションにおいてお客様となるターゲットを決め、競合企業に対し明確な差異化技術を確立できるかどうかが事業の成否を決めます。「高周波・通信」に属する高周波モジュールや表面波フィルタは、1層目と同様にムラタ固有の技術やモノづくりのノウハウを活かすとともに、2030年に向けて当社に不足する技術をM&Aで獲得するといった施策も取り、製品の特性や構造面での優位性を示していく取り組みが必要になります。特にスマートフォン市場のお客様に対しては、海外現地でのサポート体制を強化したことにより、少しずつ当社の取り組みの成果が出はじめています。まだシェアを上げていく途上ではありますが、QCDS※でお客様に選んでいただけるような取り組みを進め、当社の存在感を高めていきたいと考えています。
「エナジー・パワー」は、リチウムイオン二次電池の事業ポートフォリオ見直しを進め、電動工具や園芸工具、掃除機などで使用される高出力系の円筒形電池に注力してきました。注力市場の需要が低迷し、収益改善が遅れていますが、蓄電池を含めムラタの環境貢献事業としての事業基盤の確立を目指していきます。
「機能デバイス」に属するセンサは、モビリティ市場向けに注力しており、自動車走行時の、車両位置や姿勢、方向をより高精度に計測できるMEMS慣性力センサ、自動ブレーキや自動駐車に必要な周辺検知に対応する超音波センサといった製品で非常に特性の良いものが出てきています。競合企業が真似できない製品を提供することで、伸びる市場で事業機会を獲得していきたいと考えています。
3層目は、ソリューションなど当社にとっては新たなビジネス領域が対象となります。今までのように電子機器や設計に詳しいお客様ばかりではないため、従来のビジネスモデルで培った技術や経験だけでは対応しきれず、長期視点でのビジネスモデルの創出が必要になります。中期方針2024の期間中にスモールサクセスを積み重ね、ムラタがお客様に対してどのような価値提供が可能なのかを見定めていきたいと考えています。3層目のビジネスを進めるにあたっては、再エネ・省エネの推進の事例でも触れたとおり当社内に3層目の商材を実装して、お客様に見て実感していただくことが新しい売り方になると考えています。また、お客様にきていただくことが現場で働く従業員にとっても、モチベーション向上につながるという相乗効果も生むものと考えています。
現在の事業の柱は1層目と2層目ですが、1層目への利益依存度が高くなっています。これは当社が抱える大きな経営課題のひとつであり、収益源の複線化が必要です。まずは2層目の収益改善が急務ですが、3層目では2030年以降も見据えたさまざまなチャレンジも行っていきます。今後も、各層が抱える課題の解決に取り組み、シナジーを発揮していくことで、3層ポートフォリオ経営の高度化を図り、さらなる価値創造を目指していきます。
※製品評価の指標でクオリティ・コスト・デリバリー・サービスのこと